2年目

6月。

 

現職に就いて2年目が経った。

 

アルバイト、パートも含め2年どころか、1年持ったことって今までなかったから、なんか新鮮にも感じられる。

 

しかし、ここまでよく持ったなと。

 

ピンチに追い込まれたり、具合悪くなったり、色々ありすぎて、辞めることも考えたが何とか持った。

 

周りの皆さんに支えられたからこそここまでやって来られたのだと。

 

あと一年で3年。今後転職も検討中だけど具体的には決まってない。

 

続けられる限りは続けようと思っている。

4月終わり

4月初旬から怒涛の日々が続き、4月の最終日である今日。

 

今月はえらい長く感じた。それはそうだ。

 

人も減って、約3人分の仕事をほとんど一人でこなしていたんだから。

 

もちろんフォローで入ってくれる社員もいるけど、かと言って自分のことばかりに

構っていれるわけではないし、ほぼ一人で仕事する日々。

 

今年度の人事はどうなっているんだ!!と一喝したくなるが、そんなこと言ったって何も変わるわけでもない。

 

なってしまったものは仕方ない。ならばやり通す。それしかない。

 

土日祝日は休めるのはまだ救い。

 

一人で何とかなってはいるけど、万が一自分の身に起きたら、今の仕事は回らず大混乱することがあるので、平日は全く休めないのが現状。

 

そこだけは何とか改善しないといけない。

 

そのためには、手順書や周りの社員に色々レクチャーしたいが、手順書はともかく、レクチャしたところで周りの人もカツカツなのが現状。

 

余裕など一切ない。ということくらいか。

 

人員削減が年々厳しくなる中。そして、社員よりも非正規を増加させコスト削減を図ってる中で文句など言えない。ご時世を考えたら仕方ないことである。

 

本音は、「もう無理です」と言いたいけど。

 

当分我慢し続けるしかない。

 

仕方のないことだ。

 

このままだとずっと社員からの下敷きにされ続けて、この会社はずっといられないなって考えるけど。

 

とはいえ、今年の6月でやっと2年目になるというレベルだし。

 

最悪今年度までという考え方も視野に入れないとだめだな。

 

 

厳しいものがある。社員になれたとしても一般職で、今の部署で4年から7年近くはいることになるだろう(総合職は長くても5年、大概は3年で異動。そう考えると自分に対して負担を押し付けられる可能性が大きくなりなお一層厳しいものになることが予想される。

 

そもそも、なぜ自分がそこまで働くかと言ったら、正規社員になるためという方向性だけに向かっているだけな気がして、なんか違うなと思う気がしてきたというのもある。

 

「正社員になるためだけにこの会社に入ったのか・・・・」

 

そろそろ準備をしたほうがよさそうだ。

 

 

 

 

 

開幕戦

2017年の初日。

 

新年度のはじまり。つまりは、開幕戦。

 

東京の新橋付近には、新社会人とみられる方たちを街中や駅で見かけた。

 

そんな姿を見ると自分も5年前は、新社会人だったんだと思い出す。

 

第一希望に内定をもらったかた、そうでない方もいるかもしれないけど、

 

最初に入った会社が人生のすべてを決めるわけではないとは限らないとは思うけど、

どうか頑張っていただきたいと思った次第である。

 

いずれにしろ、自分の道を決めるのは、会社でも他人でもなく、自分なわけだし。

 

一方で自分は、現職に就いて2年近くが経過した。

 

新年度早々慌ただしい一日だった。

 

いま自分の担当している仕事の内容を把握されている方が3人共異動になってしまったのは痛い。その中でも、課長が移動になったのはものすごく痛い。

 

新しく異動されてきた課長は、全くこの仕事に触れたことがないためか、まったく理解できていない様子で説明するのに一苦労だった。そして、課長とともにやってきた、係長も同じご様子であった。

 

今の仕事を3人(実質2名)で回していた仕事をほぼ一人で行い、課長も係長もこの仕事を把握されていないとなると、莫大に労力を費やすことになる。

 

唯一の頼みは、室長のみだろう。

 

室長は、他行経験者でかつ支店長等を経験されているので、色々とお詳しい方である。

 

この方がいなかったら当室はどうなるんだろうというくらいの影響力をもっている。

 

ひたすら室長に聞きまくるのが正解かもしれない。

 

とはいえ、今の仕事、自分が欠けると仕事が回らなくなるので、当分の間、一日も休めないとうリスクを抱えている。

 

なので、自分の担当で、何人かにレクチャーをしたいところだが、その資料や説明する時間も惜しいくらいで、午前はタイトスケジュールである。

 

これにさらに、各支社からの照会対応に追われると軽く1時間は持っていかれることもあるから尚更きつい。

 

これだけやってても評価も給与も上がらないし、正直心が折れそう。

 

ひたすら耐えるしかないか。

 

それだと、本当に心が折れてしまうので、

 

今年はプライベートを充実させたいと思っている。

 

その一環として、前から構想を描いていた飛行機撮影を実行させるため、一眼レフを購入。機種は、NICONのD7200を購入。ノートPCに続いて、人生初の高額な買い物になったが、これが結構な仕事をしてくれる。

 

昨日試しに、羽田へ行き撮影をしてきたが、失敗だらけだけど、そこそこいい写真は撮れた。

 

先ほど、撮影したファイルを閲覧していたが、今日一日開幕戦でボロボロになった体が、撮影した写真みて心が休まった気がした。

 

今後、旅行する際にこの一眼をもっていって、飛行機以外にも色々撮影しようと計画中。

 

こうやって色々計画を練って、忙しい合間を縫って楽しみを見つけて、

仕事とプライベートとのバランスを考えてやっていこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パン屋

昨日髪を切りに近所の美容院へ行った。

 

その時の会話の中で、

 

美容師(以下、美)「〇〇ベーカリーが今月末で閉店するらしいみたいですね~」

私「え!!そうなんですか?」

 

ちょっとびっくり。

 

そのパン屋は大手宅配会社の特例子会社(確かA型事業所だったような)が運営しているパン屋である。

 

19時までやっているから、私も帰り道によく食パンとかちょっと気になったパンをよく買ううちの一人。

 

美「私、チーズトーストとハッピークリームパンがお気に入りで・・・」

私「私は、主に食パンを買うんですけど、最近、なんとか味噌パイがお気に入りでね」

美「ああ!!肉味噌パイですね!!」

と、会話も弾む。

 

その店が開店したのが、自分が大学1年の時の2006年。

 

開店時は、この店あんまり活気ないけど大丈夫なのかな、って思ったぐらい不安だった。でも店の中に入るとものすごくパンのおいしそうな香りがするので、あまり買うつもりでもなくても、気づいたら5、6個買ってたり・・・それなりには気に入っていた。

 

美容院が終わって、帰りに行ってみた。

 

美容師の方がおすすめされていた、チーズトーストとハッピークリームパン。あと定番の肉味噌パイとチーズデニッシュを購入。

 

家に帰って早速食べた、チーズトーストは、中にトロトロのチーズが入っている。ハッピークリームパンは、カスタードクリームとホイップクリームがたっぷり入っている、まさにハッピー!!

 

もうすぐ食えなくなるのか・・・さみしいな。

 

近所にはほかにもパン屋はあるけど、本場のパンを意識しずぎて、高くていまいちだったり、スーパーに入っているパン屋はそこまで高くはないけど、味がいまいちだったり。

 

古くから日本人に馴染んで、値段もちょうどいいパン屋といえば、自分はここが一番だと思っていた。

 

店で張り紙を見つけたが、諸般の事情とのことで、気にはなるが詳細は不明とのこと。

 

自身もかつて、就労支援A型事業所で働いていた身で、この店は影なら応援していたので正直残念である。一生残ってほしかった。

 

自分の通っていた事業所がなくなるのは何も思わないけど、ここだけは無くなってほしくない思いが強い。(きえるどころか、事業所数が倍以上に増加しているのはなぜ?)

 

地元にも根付いていたとおもうんだけな。

 

理由はどうあれ、ぜひ機会があったら復活を希望したい。

 

それ共に、今働いている方たちが、次の職場も良い職場でよいご活躍をされることを心より願いたい。

 

 

 

 

 

担任

先週寝ているときにある人のことを思い出した。

 

高校1年の時の担任ことだ。

 

わけのわからんプライドが無駄の高い教師ばかりで、

この学校の色にあまり染まっていない方だったので、

自分は正直安心していた。

 

たしか担当は、地歴公民だった。

 

非常にはきはきと話して、ようしゃべるなってそんな記憶がある。

 

でもその担任は一か月でトラックにはねられて事故で死んでしまった。

 

最後にあったのは、休み前に学年で群馬に遠足行ったときだった。

 

帰り際、疲れていたのか、バスで眼鏡外して熟睡していたのをはっきり覚えている。

 

まさかこれが最後になるなんて全く想像もしなかった。

 

事故は、この遠足の帰り際だったと後に聞いた。

 

翌週月曜日に学校に行き、教室に入ったとき、雰囲気がなんか違った。

 

違う教員が教団の前に立って一言。

 

「〇〇先生がなくなった。」

 

事実を知った瞬間だった。

 

そのあと、体育館で集会があって、色々話が合って黙とうとかした記憶がある。

 

クラスの雰囲気は当然真っ暗だ。

 

その日に先生の告別式があるというので、

 

クラスの中から数名の中から選ばれて、告別式に参加させていただいた。

 

学校から車で30分のところにある川越にある斎場まで行き、式場に入ったとき。

 

涙が出るどころか、何がなんだかさっぱりわからなかった記憶がある。

 

担任の遺影を見たとき、「やっぱり先生死んでしまったんだ」と。

 

担任は、当時40歳という若さでの死であった。

 

焼香をあげる時、家族の方に一例をしたが、奥さんと息子さんがいたけど、息子さんは

小学生ぐらいだったと思う。残された家族はどうなるんだろうと。

 

式を終えて、帰り際。

 

学園長もきていたのか、「君たち今日はどうもありがとうね」と一言いって、30のセルシオの後部座席にスッと乗って、一目散に退散していった。(いつも登場するときは、センチュリーなのに今日はセルシオか。どうしたんだろうと思ったが⇒いやそこじゃない)

 

担任が死んでしまうだなんて出来事が2002年当時高校一年。

 

高校に入って最初のイベントは、担任が事故で死んでしまうというものだった。

 

なくなった後の担任は、主担当として、学年主任とその年に入ったよくわからん若造先生。

 

二人とも体育教師で、生意気なことばかり言うもんだから、クラスが結構ぐれるというか、荒れていく一方になってしまった。まさに天国から時刻。

 

当然俺もこの二人は大嫌いであった。

 

ただでさえ入りたくない嫌いな高校だったのに。でもそれを一瞬いいところだと教えてくれたのは、この入学当時の担任だったと思っている。その後の担任は、ろくな奴じゃなかった。3年間だけでもこの先生が本当に素晴らしい先生だと思っている。

 

今年の5月でなくなってから15年。先生はあの世で何を考えているのか。

 

自分らのことなんか忘れてしまっているだろうが、

 

家族のことはものすごく心配しているだろうな。特に息子さんとか。

 

息子さんは当時10歳と聞いていたが、今年で25くらにはなるんだろうか。

 

立派に社会人として活躍されていることだろう。

 

 

先生へ。もしあの世で会えたらもう一度お会いしたい次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月

気づけば3月。今年度もあと一か月を切った。

 

仕事は相変わらず忙しいし、やることは満載。

 

休みもあと10日残っているが、なかなか使おうと思えない。

 

でも正社員は休みがあまりにあまっているのか、頻繁に休んでいる。

 

羨ましく思うが、制度の違う契約社員にはない。

 

この有給の10日以外に特別休暇なんてあってくれたらうれしいのだが、

 

ないものをねだっても意味がないのは承知。

 

条件いいところないかなってちょこっと転職サイトのぞいたり。

 

そんな毎日。

 

やっている仕事は殆ど同じなのに、これだけ制度違うと萎える。

 

時には責任押し付けられたり。

 

なんだか色々と疲れてしまった。

 

 

 

今後をどう生きるか

課長とのやりとり。

 

課「次期も継続してここで働いてもらえますか」

私「はい、ぜひともよろしくお願いします」

 

これは何を意味するかというと、

契約社員は半年(3月31日、9月30日で雇用期間の更新を迎えるので、

今後この職場で継続して働くかどうかの意思表示の確認である。

 

あっけなく回答してしまった私ではあるが、

果たして「はい」と回答してしまってよかったのかどうかを

考える日々。

 

ただこの職場に対しての不満がつもりつつあるのも現状。

どの職場にたいしてもあることだろうが。

 

特に思うのは、「雇用形態によってシステム体形の格差」。

こんな違う会社ってうちの会社ぐらいだろうと思う。

まさにキングオブ格差。

なんせ社員と非正規社員では、温度差が激しい過ぎる。

 

こんな違わないといけない必要性ってあるのかなって毎日疑問に思う。

 

そんな文句あれば辞めればいいだろうでおわりだろうけど、

今やめたってゆくあてもないし。

途方に暮れている。

 

辞めるか、辞めないか。

 

正直辞める方向性に傾きつつある。