12月

カレンダーはのこり1枚となった12月。

 

先月の大きな出来事をかなり引きずっている。

 

あれから、時間の感覚がおかしくなってしまった。

それだけ自分の人生で経験したことのない出来事だった。

 

色々考えてしまって、やらなければならない事に手がつかなったり。

 

でもいくら考えったって答えは出ない。

俺が助けたとしても、彼女を縛り付けるのと同じ事。

彼女は縛られることに対して好ましいと思っていない。

俺にはどうすることもできなかった事なんだ。

ただ黙って見守るしかなかった。

 

でももう一か月。

 

いつまでもうじうじはしていられない。

 

俺自身がこんなんじゃ彼女は成仏しない。

 

とにかく頑張らないといけない。

 

苦しさはまだあるし、しんどい。

 

このままでは、自分が腐ってしまう。

 

だから前に進むんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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恩師

今月上旬未明。

元彼女が亡くなった。

 

出会ったのは、ちょうど2年前、共通の友人の紹介だった。

その時にLINEの連絡先をやり取りした。

自分からも連絡なんてそんなしないだろうと思っていたし。

 

付き合うだなんて、その時は思いもしなかった。

 

彼女とは、共通点がたくさんあったりして、そのおかげか、いろいろ話があった。

 

なんだかんだでうまくはいっていたと思っていたが、結局、一年もしないで相手から別れを告げられしまったけど。

 

別れた1ヶ月半後、

 

いきなり連絡が。

 

それから、ちょくちょくやり取りしたり、電話で話す事もあった。

 

一度会おうと約束したが、好きでもないのに会う理由がわからないという理由だった。

 

そして、『もう私からは連絡しないから』と告げられ、それ以降やり取りすることはなかった。

 

「もう二度と会うことも電話もできないのか、もう終わりか、もう忘れるか」と思って、彼女と撮った写真は封印したつもりだった。

 

今年の7月下旬に突然連絡がきた。

 

正直寝耳に水だった。

 

「一切私からは連絡しないと言ったはずなのに」

 

その時、彼女は2か月間程度、入院していた。

 

一時帰宅をしているときのことだった。

 

本格的に治療したいという本人の意思で、家族と話し合って入院を決めたそうだ。

 

連絡来たときは正直うれしかった。

 

「もう一度やりなおせるかもしれない」

 

けど、最初は、付き合っていた時に我慢して言えなかったことを文章にまとめて、

責め立てられる形だったけど。その件については、自分はきちんと謝罪した。

 

彼女は、なかなか自分の思う気持ちを正直に出せないようで、付き合っていた当時のことを相当我慢していたとのこと。要は、イエスマンになってしまい、言い返すの苦手であったという。それは、逆上されるという恐怖があるという理由だった。

 

自分はそんなことは言わないし、言えることはなんでも言ってくれと。ラグビーのようにタックルする勢いでね。とその時告げた。

 

一時帰宅を終えて、再度入院する前に、自分の誕生日と被っていた。どうしても、祝いたいとのことで、自分の誕生日当日の夜21時頃電話すると入院前に告げられ電話番号を教えた。

 

相手の電話番号は教えてくれなかったけどね。

 

当日、公衆電話から電話があった。

 

「お誕生日おめでとう!!」と祝ってくれた。

 

付き合ったのは2015年11月、2016年8月は別れた後だったから、直接電話で祝ってくれたのはこれが初めてのことだった。

 

退院後も頻繁に連絡を取り合ったりしていた。

 

 でもすぐにヨリを戻すということはしなかった(戻ることはなかったけど)。

 

‪ヨリを戻すことで、また傷つくのが怖いという理由だった。

 

自分も彼女がせっかく入院し治療に対して、今まで以上に取り組む姿勢になったのだから、彼女の治療に対して水を差したくないと思い、少しヨリを戻すには時期尚早だと思っていた。

 

9月に2回、10月に1回、彼女の地元の方で、直接会う機会があった。

 

電話でも話せるだけでも十分なのに、会えるだなんて最高の贅沢である。すごくうれしかった。

 

 

ずっと続くだろうと思っていた矢先。

 

彼女からDMが来た。

内容は死をほのめかすことだった。

 

内容を見た限り、気が動転している様子で、「とにかく落ち着いて」と、声をかけることしかできなかった。

 

その日の夜もDMでやり取りした。

生きていたということだから正直安心していたが、気持ちは変わらず。

 

そして翌日の昼に連絡が

 

彼女「ごめんね」

自分「謝らなくてもいいんだよ」

彼女「ごめんなさい」

自分「謝る必要ないんだよ」

 

病気があまりにも辛く、

自分のかけた言葉に対しても、気持ちだけ受け取ると言われてしまう。

 

 

彼女の気力体力は、限界を通り越しているようにも思えた。

 

余程しんどくて自身ではどうすることもできない苦しみだったに違いない。

 

一瞬、スカイプで通話することも考えたが、彼女の負担を考慮し、DMに頼ることにした。

 

以前から死にたいとか消えたいとか、働く事もできないし、夢も希望もない。というのはから彼女の口から何度か聞いたことはあった。

 

付き合っていた当時、一度だけ本当に危機があったけど、その時は踏みとどまってくれた。  

 その理由をある時、自分にこう話してくれたことがある。

『自分が死んだ時、みんながもがき苦しむ姿が思い浮かんだから』と。

 

だから今回も踏みとどまっていることを祈るしかなった。

 

助けに行くべきか、そうしないべきか。悩んだが行かなかった。彼女は繊細で過敏な性格だから刺激してしまったらマズイと思ったし、家の鍵すら開いてないどころか、開けてもくれないだろうと思ったからである。ましてや、警察など呼んだら余計に刺激してしまうことになる。

 

だからとにかく踏みとどまってくれることを祈るしかなかった。

 

そして、連絡が途絶えた二日目の翌日夜、共通の友人から連絡があった。緊急の要件があると。

 

その知らせを受け取った時、動悸が止まらなかった。

 もちろん覚悟はしていた。でも無事であったという連絡であってほしかった。

 

『彼女が亡くなったんだ』

 

その時、涙は出なかった。ただ、頭の中で、整理がつかなくて辛くてしかたがなかった。ひたすらタバコで紛らわすしかなく、夜は眠れなかった。

 

誕生日を目前に控えていた矢先だった。

 

電話を受けた後、先月最後に会った時、彼女と撮った写真に向かって、『ありがとう』と呟いた。

 

今後もまだ会えると信じていたし、その週末に東京で合う約束をしていて、某有名ラーメン屋や〇〇珈琲店、とあるキャラクターショップに行く予定だった。

 

東京で会う予定だった当日、彼女の告別式だった。家族葬で行うことになり、式は、彼女の幼馴染でもあり親友が行くことなった。

 

亡くなってから数日が経つ。今日に至るまで、やはり彼女のことが頭から離れない。

 

あの時、彼女の自宅へ行き、救出すべきだったか、今でも頭の中を交錯するけど。今更そんなこと言ったって時は戻らないのはわかっている。

 

もう、会えないし、声も聞けないのもわかっている。今でも、ふと語りかけられるように感じる時があったり、仕事してる時でも仕事に集中するどころか、時々思い浮かべてしまう。未練たっぷりなのかもしれない。でもこれではダメだと思っているし、正直毎日が息苦しく思う。

 

でも一番苦しかったのは、彼女だ。これは紛れも無い事実である。長年いろいろなことで悩まされたりして、思うようにいかずもがき苦しんだに違いない。

 

結局最後の最後まで、自分は何もしてやれなかった。

彼女と付き合った時を含め、いろいろ助けてもらったり、励ましてもらったにも関わらず。

 

付き合ってた当時、入社一年目、自分が部署をたらいまわしにさらて、心が折れそうだった時、彼女には本当に励まされた。だから、彼女とのデートを楽しみにしてひたすら耐えた。だからこそ入社から2年半の間、今の仕事が続けられてきたんだと思う。

 

この仕事に不満があるので辞めようと相談した時、

彼女は言った「働けるだけでも、十分なんだよ。私は、働くこともできないのに」

こっぴどく怒られたことがあった。

 

とにかく、ひたすら自分よりも年下の彼女から教わることばかりだった。

年上である自分は情けなく思う。

 

自分にとって彼女の存在は何かと聞かれたら、友人とか親友とか元恋人以上よりも、

 

むしろ「恩師」だと思っているから。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

今まで、本当にありがとう。

感謝しきれてもしきれないくらいだよ。

 

そしてお疲れ様。

 

今まで色々話したりして本当に楽しかったよ。

悩みを打ち明けたり、家の家事手伝ったり、介護手伝ったり、立派だった。

 

お前本当にがんばってたよ。

 

でも色々無茶してたんだよな。

 

自分の体も辛かったろうに。でもそんな忙しい合間を縫って、みんなのことを気遣ってくれたり、喜ばせたり、励ましていたよな。

 

自分も励まされたりして本当に助けられたよ。

でもさ、今は、自分だけに集中すればいいから。

 

あの世はどうなっているかわからないけど、

無事、天国に行けるように祈っている。俺にはそれくらいしかできないけど。

 

今まで君と出会えて本当に良かったと思う。

共通点も沢山あって、

うちらの出会いって偶然の確率だよねって話していたな。

 

恋愛初心者の俺だったけど、俺に嫌な顔せず色々教えてくれた。この経験で得たことを今後に生かそうと思うよ。

 

もう会うこともできないし、電話もできないと思うとすごく寂しくてたまらんわ。

 

いつになるかはわからんけど、

俺がそっちへ行ったら会いに行ってもいいかな。その時、またいっぱい色んな話しようよ。

 

それまで俺は、こっちでなんとかやってみる。

今は辛くて仕方がないし、時々思い出してしまう。暫くは続くかな。

 

そっちもそっちで今は大変かもしれないけど、頑張ってほしい!頼んだぜ!

 

またな。

 

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ハードウエアリプレイス

今週一週間は、色々とバタバタしていた。

 

①22日:IPhone8を購入

SIMフリー版のものを購入した。台風が接近しており、大雨の中、銀座のアップルストアまで出向いて、すんなり購入できると思いきや色々面倒で待たされたけど、無事に購入。

 

その後、画面割れ防止のガラスパネルも有楽町ビックカメラで購入。

 

帰宅して、さっそく開封。セッティング作業開始。iTunesでバックアップかけたり。ひと通り作業終えたら、夜の10時近くになってしまった。

 

②24日:IPhoneケース購入とONU交換

IPhoneケース

6で使っていたケースを8に着けたら、行ける!って思ったけど、裏面を見ると、実は、カメラのレンズ位置が、ケースを合わないことが判明したため、購入することに。6と同じ手帳型ケースにした。

 

ONU交換

交換を依頼していたNuroのONU無線LAN一体型)が届いて、交換作業を実施。

 

開通当初から使っているのは無線LANの11acに対応しておらず、フレッツ光とあまり変わらず、回線の速さがあまり実感出来なかった。

ネットで検索したら、11ac対応のものに交換してもらえることが判明。早速電話して対応していただくことに。

 

交換前

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交換後

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 こんな感じになって、改めてNuroの速さを実感!

 

③26日:MNP申し込み&SIM申し込み

MNP申し込み

ファミリー割引で、主回線になっていると、24時間できるネットで申し込むことができない。

 

なのでショップに行くか、電話で申し込むか。いずれも20時までだけど。

 

ショップは待たされるので、電話で申し込んだ。当然解約するということになるので、

オペレーターさんからは、こういう方法もありますがいかがでしょうかとかいろいろ進められたけど、何とか振り切って、MNP番号を取得。

主回線は母親に委ねることに。

 

・SIM申し込み

MNPを申し込んだ直後、IIJmioのHPへ飛び、SIMを申し込み。本確が必要になるけど、写真をアップロードすればよいだけ。面倒なのはこれぐらいか。

 

④28日:IPhone6との別れ

6が不要になったので、6を買い取りに出すことにした。買取価格は、1万1千円程度。

ここでミスったのは付属品。充電ケーブルとコンセントは入れたけど、イヤホンを忘れたこと。これがあれば+400円だった。

 

画面割れとか傷は一切なかったけど、

裏面とかに傷が数か所あり減額されてしまった。

 

それでも買取価格が1万円超えたから一応は満足。とはいえ6との別れは寂しかった。

初めてのIPhoneだったから。

ありがとうIPhone6!!色々な思い出を作ってくれて本当にありがとう!

 

⑤29日:SIM到着

申し込んだSIMが届いた。

 

すぐ使えるのか思いきや、設定してから数時間しないと使えないことが判明。

でも2時間ぐらいして使えるようになった。

 

今んとこ問題なく使えている。

回線スピードも極端に遅いわけでもなく。

結構使えると思われる。

 

交換作業は終了!

 

色々面倒だったけど、いい勉強になった。

 

格安SIMにした分、節約できるからその費用で旅行にでも行こうと思う。

 

 

 

 

 

 

結果

金曜日午前。

 

上席から私ともうひとり呼び出しがかかる。

 

例の件の試験の結果が出たそうだが、

 

結果は私も、もうひとりも不合格

 

仕方ないか。あんな問題短時間でできるわけないだろ。

 

そんなこと言ったって結果は、結果だから。

 

むしろ、どっちでも良かった。

 

この会社に残るメリットはほとんどないし。

 

プロパー優位な会社なわけだし、プロパーだけでやればいいじゃん。

 

そうとしか思えないから。

 

上席からは、「また来年もありますんで、頑張ってください」とは言われたけど。

 

そんな来年まで待って再チャレンジなどしたくもないよ。

 

ダメなものはダメ。

 

次へのステップへ向けて取り組むことにしよう。

 

 

 

 

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北陸遠征

9月12日から9月14日にかけて、「黒部立山アルペンルート」に挑戦してきた。

 

前日の12日夜、仕事を終え一旦帰宅。着替えて、その足で、大宮から新幹線で長野へ。

長野で一泊。

 

翌日、長野駅から2時間ほどバスに乗り扇沢駅からの乗り物を乗り継ぎ、最大標高地点の室堂に到達。

 

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なんせ、頂上地点の室堂は、10度を下回っている。

 

下調べはしていたが、山の頂上は冷え込むというので、ジャケットみたいのがあったほうがいいとのことだったので、持参していて正解だった。

 

大変すばらしい眺めで、空気のおいしいところだった。

 

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テスト終了

例の件に関するテスト(web)が終えてみて。

 

ひとまず落ち着いたが、問題はその結果だ。

 

しかし、そこまでして、昇格したいかというと、あまり思わないんだな。

 

とりあえず、この話があってもなくても、今年で終わらせようとしていたから。

 

つまり、あんまり乗り気じゃないってこと。

 

昇格したら、雇用安定と休暇が増えるのが保証されるだけ。給与は場合によっては、若干落ちる可能性があるとバッチリ書いてあった。それに昇格とはいえ、年一の昇給額を見ると、微々たるもの。

 

給与の制度自体も意味不明の計算式で何×何とかよくわからない。よくできた計算式だなとは思うが、ややこしすぎるし、いろいろ不利にする条件式なのかと思ってしまう。

 

こんなんでやろうと思うかと意欲わかないんだよね。

 

引き受けてしまった自分も自分だけど。

 

上の人たちは自分に期待をかけているけど、

 

期待とはいえ、切り替わったと同時に俺に対して全て丸投げするつもりだろ、ってしか思えん。

 

別に俺に期待かけなくても、優秀な総合職の子たちがいるじゃないか。

 

そいつらにばっかしひいきしているくせに。

 

なんだかよくわかんないな。

 

正直、どうちらでもいいけど、

 

来年残るつもりはない方向性だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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勝ち負け

30年間の人生の中でどれだけ勝ったことがあるのかと聞かれたら、

 

正直無いに等しいく、負けたことが山ほどですと俺は答える。

 

 

高校受験、大学受験、大学院の試験も一回落ちて、学部卒業間際の2回目の試験では合格したものの、勝ったとは思っていない。

 

そして、就活も見事全敗、親のコネで小さな会社に入ったけど、結局自分がまけて辞めた。

 

ざっとこんな例を挙げてみたが、皆さんはどうだろう。

 

人生負けてばかりいるとどうしても自尊心が低くなると感じるのは自分だけか。

 

いや俺のほうが、もっとすごいぞ、お前はまだましだろという人もいるかもしれない。

 

勝ってばかりの人から見たら、「お前は単に馬鹿で、努力不足だろ」と思われる方もいるかもしれない。

 

言われてみればその通りだと思う。

 

努力はすべて報われるものではない。

 

努力というものは、正しい努力というものだけが、報われるものであり、そうでない努力は、報われるものではないと思っている。

 

自分も努力はしたことあるけど、正しくない努力だったんだと思う。

 

それにここ最近気づかされた。

 

つまりは、何もしていないのに等しいってことだろ。

 

高校受験失敗して、結局滑り止めで受かった私立に入った。

偏差値は、ビリから数えたほうが早い高校だった。進学校とは言っていたが、実態は、指定校などの推薦入学が大多数。そして無駄に金ばかりかかる高校だった。

 

 

大学だけは、せめて自分の志望する大学に入ってやろうと思い、1年のころから予備校に通って学校帰りは、授業かもしくは自習室にこもって、勉強した。

 

でも、全然成績は上がらない。現役時代は受けた大学すべて全滅という結果だった。

 

これも結果、正しい努力ではなかったということになる。

 

時間と費用だけ無駄にかかった。予備校に通っていたというが、正直、通うことなど本望ではなかったし、通ったとしても3年の時だけでよかった。

 

でも、もともと学校自身が勉強する方針ではなかったから、このままでは、高校受験ときと同じ目に合うと不安に駆られていたせいでもあった。

 

学校でも放課後補修とか土用補修とかはあったけど、授業中うるさくて何がなんだかさっぱりわからなかった。

 

ただでさえ高校で高額な学費払っているのに、予備校の学費まで出すだなんて相当な出費。中には、通いたくても通えない人もいるのにも関わらず、反感を買うことだと思うし、大変無駄なことをしたと思っている。

 

金だけかかって何も結果は残せない、それが自分なんだと思う。

 

それは大学、大学院の卒業まで続いた。何も結果は残せないまま終わった。

 

結局、負け続けたんだって。

 

もちろん、環境のせいではなく、そのように導いてしまった自分が悪いのは言うまでもない。

 

 

 

今は、銀行の契約社員。ほぼアルバイトみたいなもの

 

年下の総合職の人たちと仕事してると、自分がものすごく小さく見える。

 

彼らは、まさに正しい努力をして、勝ち抜いてきた子たち。

 

隣で見てても、自分とは比較にはならないくらいの仕事ぶり。

 

選ばれる人にはそれなりの理由があるってこういうことを言うんだなって思った。

 

悔しいけど、これが事実。

 

正しい努力なくして、成功なし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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