愛犬

6月24日金曜日。

愛犬の「凛」が息を引き取った。

 

年齢は11歳と約半年。人間で言えば62歳ぐらいだろうか。

 

実は、21日にゼエゼエするもんで様子がおかしくて病院に行って診てもらった

「進行性の乳がん」で末期だったらしく、肺にも転移していたらしい。

 

そして、手術の施しようもなく、余命はあと一週間程度だろうと告げられたと母親から聞いた。

 

正直、直接聞いた母親は相当ショックだったに違いない。

自分も仕事終わりで帰宅してその話を聞いたら自分も自分でショックではあったけど。

 

動くのは負担のようであったが、そんな満身創痍な体なのに

わざわざ自分の部屋に来てかまってくれって来るもんだから、

俺自身もかまえるだけかまってやった。

 

特に22日、寝ようとしたら突然自分の部屋に現れて、一時間以上居たかな。

結局去る様子もないもんだから、抱えて向こうの部屋の持っていった。

 

抱えたときに思った。

すこし軽いなって。

凛は具合が悪くなってなにも食べられずにいた。

だからやつれていた。

かろうじで水だけ飲んでいた。

 

23日木曜日

酸素の部屋を手配し、酸素室に入る。

凛はゲージとかが大嫌いなので、

入らないと予想していたが、

自分からすすって入っていたらしい。

当然楽なんだろうな。

少しは楽になったんだろうか。

 

24日金曜日

朝6時50分。家を出る前に凛の様子を見る。

酸素室でうつぶせになって佇んていた。

 

夜19時頃仕事を帰宅し、家に帰る。

上二人達の靴があり様子がおかしいと思う。

 

「だめだったのか・・・」

 

予想は的中した。

奥の仏壇の部屋で横たわって

静かに息を引き取っていた。

 

体を触る。

冷たくて固くなっていた。

しばらく呆然としていた。

 

25日土曜日

遺体はダンボールに入れられて、

上二人たちと一緒に花とかいろんなものを詰めてやった。

 

11時頃、業者の人が遺体を引取りに来た。

 

業者の人は玄関を上がらないみたいで、

自分が遺体の詰められたダンボールを玄関まで運び

業者の人に明け渡す。

 

待機していた、ミニキャブの冷蔵車らしきものに積載された。

そして、自分と母親が見送った。

車が発進して、自分は家に戻ったが、

母親は、車が消えるまでずっと立っていた。

 

後に聞いたが、その車が、信号で偶然引っかかり、

しばらく止まっていたらしい。その後青になって発進して、

途中のカーブを境に消えていったと。

 

自分もよりも母親は自分の子供みたいに可愛がっていた。

寝るときもずっと一緒に寝ていたわけだし、

過ごした時間も誰よりも長いわけだから。

 

母親はそのあとも寂しそうだったが、

その寂しさを自分らにあまり見せることはなかった。

内心思っていたとは思うけど。

 

正直自分も寂しいとは思うね。

それなりに愛着あったし。

 

しばらくひきずりそうだな。

 

今こうしてブログ書いていても

いつものようにソファーに寝っ転がっているんだろうな

と思ってしまうぐらいだから。

実感があるようでないんだ。

 

この犬を超える犬にはこの先出会えないだろうと思ってしまうくらい

素晴らしい犬だったと思う。

 

2004年12月29日に生まれ、その生後しばらくしてにうちにやってきた。

当時自分は高校を卒業して浪人生。

帰ってきてからちょいちょい遊んでいた。

決して良いと言える時期ではなかったし、

その後に渡る自分の不遇だった時期を支えてくれたと思っている。

自分としてはなんて感謝したらいいのかわからない。

 

13年か14年は生きると思ったんだが、

約11年半ってなんか短いよう感じがして。

 

でも、凛自身としては、

しっかり約11年半の人生を全うしていたかと思うけどな。

いたずらばかり、

来て間もない頃、婆さんが来てポケットに入れておいたおいもの蒸しパンを

細長い鼻を突っ込んでパクって平らげたりしたそんな面白い思い出がある。

色々やってくれたな。

 

思い出すことは山ほどある。

 

でも最後はあっけなく逝ってしまったのはさみしいな。

 

約11年半ご苦労様。

 

またあの世で会おうな!!

もし俺が向こう言ったら

探しに来いよ!!